迷宮の神 (The god of the labyrinth)
byコリン・ウイルソン 大瀧啓裕 訳
東京創元社 ?2600(6.37?/P)

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このオススメの一冊、自分としては、最後の覚え書きがいちばん面白かったなんて言ったら彼のファンにおこられてしまいそうですね。

でも覚え書きのところで思い付いた事があるんです。
以前から考えてた事が有って、それは「正論を吐く人(やつ)」ってのがいるじゃないですか、そういうのにはどう対処したらいいか考えてみたんですね。
それは基本的に「その考えは自分で論理的に導き出した答えなのか?」
次ぎに、「多数決を意識して、どこからも異論の出にくい答えを選んだのではないのか?」
だとしたら、「当たり前の事を声高に言い立てても、建設的な結果は望めないと思わないのか?」
つまり、コリンウイルソンの言葉を借りれば、目の前の問題を理解して行動に反映させる、精神の消化吸収&排せつ器官がちゃんと機能しているのか?ってことですね。
正論を吐くと言うのは思考の放棄であって、議論の場に加わる資格を疑わねばならないと思うんですよ。
とはいえ、個人攻撃なんかしてるようじゃ、オイラも資格を疑われそうですね。
さてお話は、アイルランドに住む作家であり哲学者の「ソーム」は、性というものが人間の精神活動を飛躍的に高める事に気付き、性をテーマにした活動をしています。
その彼のもとへ、18世紀の放蕩者として有名だが、文学的には評価の低い「エズマンド」なる人物についての出版に手を貸してくれる様に依頼が舞い込みます。
その調査を進めるうちに、彼の評価は一新されるであろう事に気づくいっぽうで、彼の思想や行動は今の自分の性にたいする考えの延長線上にある事に気好き……。
偶然と必然、18世紀と20世紀、哲学と衒学、伏線と言い訳が迷路の様に入り乱れる怪作ですな。

ところで、サイバーパンクムーブメントってしってますか?コンピューターと脳みそを直結させてなんていうギミックばかり注目されてた様ですが、本来のテーマは人間の進化であり、われわれはどこへ辿り着くのかが重要な問題なSF作家たちの活動の事です、人間とコンピューターとの関わり方の1パターンとして提示されたのがその直結だったわけですが。
とにかく、旧い作家を徹底的に扱き下ろす事でも有名でした。
んでこの本、覚え書きでドストエフスキーからコナンドイルまで、全部ひっくるめて扱き下ろしてるわけですよ、それみてサイバーパンクなんてのを思い出してしまいました^^;
でもそれだけじゃないんですよ、たとえばソームの中にエズマンドが重なる様に存在するオカルティックな事が有るんですけど、似た事がウイリアムギブソンの短編「運び屋ジョニー」(映画「JM』の原作)に出てきます、これはコンピューターを仲介して脳みそ同士を繋いでしまう相乗りと言う状況、二つの人格が一つの体の感覚を共有するのです、それから、超有名な「ニューロマンサー」ではシンクロニシティと言う言葉が重要なキーワードになっています。
また、神の領域にまでテクノロジー(このお話の場合は性)を使って、自分自身を辿り着かせるとかです。
あの辺の人たちが、コリンウイルソンに大きく影響されていることにあらためて気付きました。
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