幻影の書 (The Book of Illusions)
ポール オースター(Paul Auster)
柴田元幸 訳 新潮社'08('02) ¥2415-


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面白い!
この人を知ってる人からしたら「何をいまさら」なのだろけどね。
そう、以前から面白いとは聞いていたし、
あちこちで目にしていたんだけど、
横目で見ながら「へーそなの」と手にはとって見なかった、
今となってはつくづく後悔してます。

読んでいて、これはなんだかすごいものを読んでるという手ごたえを久々に味わったわりに、
ただ「面白い」という簡単な言葉を思わず使ってしまったのがなんとももどかしい。
と言うのも、心の奥に不定形でズッシリしたものを残していくような、作者の繊細な知性を評価する言葉が見つからないからなのです。
例えば、この本の良くある書評に「過酷な運命に出遭った男の崩壊と再生のお話」なんてのをよく目にするが、
どうも正確ではない、それだけでは無いような気がするんです。
確かに一人の男が崩壊した人生から抜け出していく過程の話なのだけれども、
完全に脱出したとしても、それはただの順応であって失ったものはもう戻らない、
新しく出来上がったのは空虚な自分であるという諦めにも似た乾いた自覚が、なんとも悲しいお話なのです。

そしてそこまで持って行くまでの仕掛けの見事さもある。
文中、ヘクター マンとマーチン フロスト、それに語り手のジンマーと、
同時に三人にまつわる人生が並列的に語られるが。
あらゆる共通点やそれぞれの苦悩を同時に味わうことで、
濃密な人生にいやおうなく引きずり込まれ、
読む方も後戻りできない感情移入の嵐を味わうことになる。
こうなったら最後、われわれも彼らの運命をともに生きるほかなくなるのだ。
とにかく、ようするに運命には逆らえないというお話なのですよ、
この運命の正体は、この本の場合は人間同士の結びつきのようです、
これが強いほど崩壊したときの傷が大きい。
たとえばヘクター マンの妻フリーダ スペリング。
彼女は彼との隠遁生活を通じて生じた愛憎から、彼の遺言を拡大解釈します、
ヘクター マンの存在した証拠を完全に破壊し尽くすマシンとなって、
結果的に自分自身を含めてかかわるもの全てを消し去ってしまう。
とはいえ、これ自体が彼の死を待って作動を始める自爆装置のようなもので、
彼の自殺願望の行き過ぎた発露なんだろう。

たとえば、カズオイシグロの書くもっと大きな社会や伝統みたいな運命と違って、
人間同士の問題だったりするのだから、
なんとかやりようもあったのではないかと、
われわれの方にも苦い後悔が残ることになる。
気がつけば、もともと自分のものでもない、このズッシリした感情を抱え込んで俯いていることに愕然とする。

本読みの私にとって、この手ごたえは何物にも替えがたい重要なポイントで、
こういう本との出合いは、
今後の読書傾向が変わると思われる大切な出来事なのです。
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